イントロダクション

クンチョゴ王(近肖古王)の統治期(西暦346年〜375年)に果たして百済では何が起こったのか?

プヨグ(後の近肖古王)は、百済第11代のピリュ王と第2王妃チン妃の間に生まれた第4王子。
予知夢により王となる気質を持って生まれたと啓示されたが、チン氏勢力がプヨグを擁立し、
第1王妃ヘ妃の後ろ盾であるへ氏勢力と対立することで国力が弱まるのを憂慮した父王の判断で幼い頃に王宮から追い出され塩商人として育った。

そんな境遇ながらも逞しく成長したプヨグだったが、ある日偶然、敵国である高句麗のサユ王に矢を射るという功績をあげてしまう。しかし、父王のピリュには余計なことをしたと叱責され、再び王宮から追放されるのだった…。

追放されたプヨグは遼西(現在の中国・山東半島)に辿り着くが、そこで扶余(プヨ:朱蒙が生まれたとされる国)再興を切望する扶余王の末裔・ウィ・ビラン、ウィ・ホンナン兄妹に出会う。
一方、かつてプヨグと結婚を誓ったプヨファ姫は百済の王座を狙う父親プヨジュンの手によって高句麗のサユ王に差し出され――…。